Citizen's Chime Project
- The Augmented Garden -

慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科

塚田浩二・大和田健人・鳥谷部桜
安村 通晃

 

0:Abstract

私達の日常生活には、生活の節目の合図として様々なチャイムが存在する。それらは、携帯電話・目覚し時計・Windows起動音などのパーソナルな音と、時計の時報・電車の発車ベル・講義のチャイムなどのパブリックな音に分けられる。前者のパーソナルなチャイムについては、ここ数年で味気ないベル音から、個性の反映された音楽「好きな曲を演奏する目覚し時計や携帯の着メロ」へと変化を遂げてきた。これは日頃耳にするものだけに、より豊かな表現や所有者の個性が求められてきたからだと考えられる。

 その一方で、後者のパブリックなチャイムについては未だにそのほとんどが味気ないベル音のままであり、まれに音楽を流していても、その空間を特徴付ける要素である公衆とは全く無関係なものである。

 そこで本研究では、ある空間を形作る重要な要素である「公衆」の意識的・無意識的な行為を利用して、その空間の特徴を反映した唯一のチャイムを提供したい。また、物理的にその空間に訪れることのできない人も、WEBからアクセスする「公衆」としてその空間のチャイムの生成に参加し、その結果を現実世界と同様にWebからも体感できるシステムを構築した。

 

1:背景

 近年の急激なコンピュータネットワークの発達により、仮想世界上にも様々な共同体が誕生してきたが、その空間においての「公衆」とは、従来の「時間・場所を共有する集団」という意味から、「共通の興味・関心を持つ集団」へと変化しつつある。これはE-mailや掲示板といったメディアを利用することで、時間・場所の制約を超えたコミュニケーションが成立するからである。

 本研究のシステムは上記の二つの意味での「公衆」の意識を統合した、これまでにないタイプのインスタレーションを提供する。まず、パブリックな空間に設置するインターフェースを通して、その時間・場所に存在する現実世界の公衆の意識をもとにチャイムを生成し、同時にその場所に関心を持ち、Webからアクセスする公衆の意識をノイズ的に加えることで、現実空間と仮想空間の公衆のコラボレーションによる、彼らの意識を反映した唯一のチャイムを生成する。そして、それを実世界での「チャイム」としてアウトプットすることで、現実世界の公衆には実用的なフィードバックを、Webからアクセスする公衆には「自分もチャイム作りに加わった」という意識、すなわちその実空間との一体感を与えられると考える。

 ここ数年のメディアアートの形態として、パブリックな空間を利用したり※1、あるいはWebを介して現実世界への働きかけを行ったりするインスタレーション※2は数多く見られ、作品として優れたものも多いが、本研究の提案するような「実世界と仮想世界の公衆が協調して一つの音楽を生成する」「作品の過程や結果が、有益な形でフィードバックされる(市民参加型)」「蓄積された過去のチャイムの連続的な表現により、公衆のその場所への関わり方の時間的変化を描き出す」といった試みについては前例がなく、その点でも創造的価値のあるプロジェクトだと考えている。

※1「Fiber Wave」渡辺誠
※2「Light on the Net Project」藤幡正樹

 

2:作品の概要

 本研究では、空間を形作る重要な要素である公衆の意識的・無意識的な行為を利用して、その空間の特徴を反映した唯一のチャイムを提供する。そのために、実空間の公衆の意識的・無意識的な行為の対象のインターフェイスが求められるが、特に無意識的な関わりにおいては、ユーザーが「思わず触ってしまう」という行為に駆り立てるインターフェイスが必要であると考えた。

 本研究では、思わず触ってしまうインターフェイスとして、「石庭インターフェイス」を制作した。これらを実空間に配置することにより、公衆が思わず触ってしまうインターフェイスを実現している。これは、造園技法のひとつである枯山水をモチーフとしたもので、水と山に見立てられた砂と石が画像解析装置の上部に配置されているものである。この石庭インターフェイスは、ユーザの経験や感覚に訴えかけるもので、思わず触ってしまうという行為を引き出す事を狙い、制作を行った。

 そして、インターフェイスを通じて行われた全ての操作内容は、公衆の意識の蓄積として、データベースに解析・保存される。この保存された操作データに基づき、その特定時間内に応じたメロディが音響生成プログラムにより自動的に生成される。これら生成されたメロディを演奏することにより、その空間や公衆の意識を反映したチャイムが実現される。

 また、空間としての場に興味、関心を持ちながらも、物理的にその空間に訪れることのできないという、新しい公衆に対しては、WEBからアクセスすることで、チャイムの生成に参加可能なインターフェイスを開発した。更に、生成に参加すると同様に、その空間に興味を持つという公衆に対しては、ストリーミング技術を用い、その空間を体感することが可能なシステムを構築した。

 

3:稼働している作品

3-1:写真
インターフェイス部
インターフェイス部
「砂」部分の操作例
「石」部分の操作例

3-2:音声 

石を置いた音

砂を触っている音

生成されたチャイム

3-3:デモ映像

試作品による操作と画像解析の映像
(要QuickTime:3.1MB)

 

4:作品の要素

本作品は石庭のメタファに基づいて音やメロディを生成し、フィードバック音やチャイムを生成する。石庭をチャイムのインターフェイスとして利用し、ユーザの砂遊びの経験や、素材による感覚に訴えかける事で、無意識的に思わず触ってしまうという行為を引き出す。これらにより、チャイム生成のための実空間における公衆の意識的・無意識的な行為を収集するだけでなく、人が一瞬創造的になれる安らぎの場を目指した。
 

「砂」

本作品は、砂を水と見立て、音響を生成する。最初は砂を触れても砂の音であるが、徐々にそれが水の音に変わってゆき、まるで、水の中に手を入れている時の様な感覚を得ることができる。

「石」 

本作品は、石を岩や山と見立て、音響を生成する。石を砂の上で移動させる(持ち上げてから置く)と「砂に石をドスっと置く音」や「水に石をポチャッと沈める音」が響くなどの、音響が生成される。

「チャイム」 

チャイムの音については、定時間毎に石庭を吹き抜ける風をメタファとして、石の配置に応じて「風が石の間を吹き抜ける音」をモチーフに、メロディを奏でる。

 

5:システム

 本システムは作品の構成要素であるオブジェクト(石)の移動や鑑賞者の指先による図形の描画といったアクションを検知し、多様な音楽的フィードバックを提供するものである。まず、こうしたアクションを作品下部のカメラにより撮影し、ワークステーションを利用して画像解析を行うことで、アクションの種類(石・指先)や変化した中心座標(群)を検出する。次にこうしたデータをリスト化し、ネットワークを介してDBサーバー・及びマッキントッシュに送信する。マッキントッシュでは受け取ったリスト情報を元にして、砂・水・風といった石庭のメタファに基づいた多様な音響を生成し、鑑賞者にフィードバックする。

 

5-1:システム図 (高解像度のシステム図はこちら)

 

 

5-2:画像解析

 石庭インターフェイスに対するアクションは作品下部のカメラにより撮影される。それらの映像は、ワークステーションを利用して画像解析を行い、石の配置や、砂を指でなぞるなどのアクションの種類を検出する。また、アクションのあった対象については、変化した中心座標(群)を検出する。

5-3:補正のシステム

 石庭インターフェイスにおけるユーザーのアクションの取得は画像解析を用いている。しかし、真下より撮影を行っているため影が生じ、的確にアクションの検出できない場合がある。そのため、本作品では、セラミックマイクを用いた補助システムにより、音によるアクションの検出の補正を行った。

5-4:本システムにおけるネットワークの利用 

5-4-1:データベースサーバーの構築
 本作品では、インターフェイスを通じた、公衆の意識・無意識的関与による意識の蓄積を用いたチャイムを生成する。そのため、画像解析等で取得した、石の移動や鑑賞者の指先による図形の描画といったアクションの情報を、リスト化し、ネットワークに接続されているデータベースサーバーに格納する。また、そこで蓄積された情報は、定時に加工され送出し、チャイムを生成する。

5-4-2:Webからのインターフェイスの反映

 本作品では、「公衆」とは、「共通の興味・関心を持つ集団」へと変化しつつあるという考えから、遠隔地であっても、その場に関心を持っている人間も、Webを通じて石庭インターフェイスに関わる事が可能である。Webからのインターフェイスによって、実空間における石庭では、人の足音や話し声など、見えない公衆からのメッセージを意識付けする音響が生成され、演奏される。

 

6:展開

本作品は、2001年8月に静岡文化芸術大学にて開催される、新世紀メディアアートフェスティバルにおいて展示・実演を行った。詳細は当該Webサイトを参照のこと。
新世紀メディアアートフェスティバルのWebサイト
http://www.suac.ac.jp/~nagasm/SS2001/

また、2001年9月21日・22日に行われる、慶應義塾大学Open Research Forumにて、作品の展示を行う。

 

 

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